DTAL(旧RCEAL)留学記録

2010年1月から2014年半ばまで在学していたケンブリッジ大学理論・応用言語学科でPhDを取得するまでの記録です。

Learner Corpus Research 2011

ベルギーのLouvain-la-Neuveで開催された標題の学会に出席し発表してきました。Louvain-la-Neuveはブリュッセルから1時間弱のところにある田舎町です。なぜそんな田舎でやるのかと言うと、そこにあるUniversite catholique de Louvainには学習者コーパスの第一人者であり、International Corpus of Leraner English (ICLE)の作成者であるSylviane Granger氏がいらっしゃるからです。学習者コーパスに特化したこれほどの規模の国際学会は初めてだと思います。参加者は配布された名簿によると160人強、発表数は6件の基調講演を含め100件弱。その中で日本在住者は15人前後で、在住国順で3位(1位は同率で開催国のベルギーと英国で、3位の日本の後は4位が同率でドイツとスペインと続きます)。これほど日本のプレゼンスが高い国際学会は(特に開催地がヨーロッパであることを考えると)応用言語学系の分野では珍しいと思います。それだけ学習者コーパス研究が日本で盛んであることの証でしょう。


私は「Cross-linguistic influence in the explanation of the accuracy of English grammatical morphemes」という題で発表しました。PhD研究の一部で、CLなどでの発表の拡張に当たるものです。CLより聴衆の反応が悪かったような気がするのは、多少理論的な説明を組み込んだからでしょうか。


本学会に関するツイートをこちらにまとめました。Euroslaよりはツイッタラーが多かったものの、オンライン上で盛り上がるというようなことは今回もありませんでした。


以下の四段落はLCR全体の所感で、twitterへの連投をまとめたものです。まずは全体の傾向について。学習者コーパスだけで国際学会が開けるようになったのは分野の発展を表していて素晴らしいことだと思います。また日本のプレゼンスが高いのも良いことです。発表者の背景がSLA・言語教育・自然言語処理・社会言語学など様々であるため、興味の薄い発表も多々ありますが、これは(広い意味での言語学全体をカバーする手法である)コーパスの学会全てに言えることで特に問題ではないと思います。生成文法系の発表は見かけませんでしたが、コーパス生成文法系の研究者に伝統的にあまり好かれていない(とされている)のでやむを得ないのかもしれません。しかし私の研究科に生成文法に基づく第二言語習得を学習者コーパスを用いて研究しようとしている人がいるので、このような人もコーパス系の学会にもっと増えれば良いと思います。


発表の中身に視点を移すと、言語項目の頻度を見て(あるいは他の言語項目の頻度と比較して)、コンコーダンスライン(=学習者の使用例)を見るだけで、そこから理論やモデルに踏み込むものは少なかった印象です。学習者言語の記述はSLAの重要なタスクですが、それをSLAや言語教育の理論面から解釈すべきでしょう。このままでは"finding"は積み重なりますが、既存の理論・モデルとの繋がりが見えないため、(学習者コーパスを手法として用いる)分野への貢献がしづらいのではないでしょうか。これが学習者コーパスが主流のSLA研究(など)に入って来ていない理由の一つではないかと考えます。またこれは、フロアのどなたかが学習者コーパスコミュニティーを指して「isolated community」と仰っていたのとも繋がります。そもそもコーパスは手法なので、とりあえずfMRIをやってみたやとりあえず視線追尾をやってみたという研究が認められない(べきである)のと同様に、とりあえずコーパスデータを見てみたというだけの研究もNGでしょう。それを何らかの枠組みで解釈して初めてその研究は意味を持つのだと思います。理論やモデルは通常は記述の後に来ますし、説明を試みようにも理論の方がデータに追いついておらず、どうしても記述どまりになることもあると思います(特にEnglish Profileのcriterial featuresなどは完全にデータが理論に先行している印象です)。しかしそれでも記述から説明(≒理論)や大局的な視点(≒モデル)を得るための何らかの道筋を示すべきでないかと考えます。


具体的に学習者コーパスがどのように理論・モデルに役立つかを考えると、今回T先生も発表中に仰っていたように、コーパスデータの大規模性を活かしてより包括的に物事を見るというのが一つ挙げられます。ものすごく手前味噌で恐縮なのですが、私が今回発表したようなL1転移の影響が文法形態素間で異なるかどうかを見る研究などは、複数のL1群(私の研究の場合は7群)×形態素(6つ)を見なければいけないので、実験でやろうと思うと相当に大変です。こういう領域はコーパスに向いているので学習者コーパスでデータを出し、それを既存のSLA理論で解釈したり、理論の拡張をデータを基に迫ったりすれば良いのではないかと思います。ただここでも、既存のSLAの枠組みとのコネクションを失わないことが重要です。


理論から離れデータ処理を見てみると、Stefan Th. Griesなど認知言語学を基盤としてL2習得研究を行っている研究者やNLP系の研究者は色々と面白い(統計)処理を行っているものの、その他は先に述べた通り、コンコーダンスライン+カイ二乗検定などです。だからこそそれらのエリアに統計の入る余地がある、とも言えますが。


ところで発表とは別の話ですが、今回は学会で出た昼食が素晴らしかったです。スモークサーモン、ハム、パイ、各種ケーキなど、どれを取っても絶品でした(CLとは大違いだー!)。また学会最終日には真っ昼間からベルギービールが飲み放題で、ほろ酔い気分で午後のセッションに向かいました(この時に自分の発表が既に終わっていて本当に良かった・・)。学会後にブリュッセルに移動してからも@langstatさん@sakaueさん@elmaringoさんムール貝(+さらにベルギービール)を食べ、またワッフル、フライドポテト(+山盛りマヨネーズ)などのベルギー名物もちゃんと胃の中に収めました。食に関してはこれまでで最高の学会だったと思います。


この旅行(出張?)に唯一のケチがついたのは最後のブリュッセルのホテルでの宿泊。午前1時過ぎくらいにベッドに入るとやたらと部屋の外(廊下)がうるさく、若者が近所迷惑に叫んでいるのだと思い無理矢理寝ようとしたのですが、午前2時頃に部屋の鍵が開けられ電気も付けられ、警官(と後で知った人)に火事だから外に出ろと言われた時には少し青ざめました。財布だけ掴み、部屋に鍵を掛けて慌てて下に降りると、宿泊客が狭いロビーにすし詰め状態(とまでは言わないまでも、ほかの人との間にそれほどスペースがない状態)になっています。どうやら2-3軒隣で火事があったらしく、避難する必要はないものの、一箇所には集まっておけとのこと・・なんだと思います。目の前には封鎖された道路に消防車数台。煙の匂いもします。いつ部屋に戻ることができるかわからないまま、座ることもなかなかできないまま、待ち続けるハメに。周囲の言語が全くわからず、状況も把握できません。ストレスはたまり不安は募ります。結局部屋に戻れたのは午前4時前。学会発表+会場からブリュッセルへの移動+ベルギービール6杯の日の夜としてはなかなかハードでした。


ところで本学会、一度限りのものではなく次回の開催も決まっているようで、2013年の9月にノルウェイはBergenで行われるとのことです。LOBコーパスで知られるあのBergenです。その時に自分がどこで何をしているか全くわかりませんが、ネタと時間と資金があればまた発表しに行きたいです。


これで7月から続いた夏のイベントシーズンも終了です。昨年の夏に続き今夏も色々な所に行け、色々な人と話すことができ、面白かったです。来夏を楽しみに落ち着いて研究に取り組めるシーズンを迎えます。


以下、写真。


Eurostar。これでロンドン→ブリュッセル間を移動しました。所要時間2時間。



市庁舎。グラン・プラスという所にある観光名所の一つです。




学会での昼食例




最終日にブリュッセルで宿泊したホテルはモーツアルトがテーマのホテルでした。



ベルギービール




ムール貝、サーモン、ラムチョップなど



ワッフル



ベルギー風フライドポテト。マヨネーズと侍ソース付き。健康に悪そうですが美味しかったです。



ベルギーと言えばチョコレート。こちらはノイハウス(Neuhaus)という老舗。