DTAL(旧RCEAL)留学記録

2010年1月から2014年半ばまで在学していたケンブリッジ大学理論・応用言語学科でPhDを取得するまでの記録です。

Bloomsbury Round Table on communication, cognition and culture

表題のイベントがロンドン大学バークベックカレッジで二日間に亘って開催され、出席してきました。テーマはマルチリンガリズム。これまでこの分野は(Jim Cumminsのテキストを使用する授業を履修したためか)BICS/CALP、CULP程度しか聞いたことがなかったのですが興味はあり、機会があればこういったイベントに参加してみたいと思っていました。


発表内容は例えば以下のようなもの。

  • オーストラリアでの継承語使用の性差に関する研究。ドイツ人二世、ベトナム人二世については、女性の方が継承語を使用する割合が高く、男性は他の継承語使用者にincompetent/less competentと捉えられるのを避けるため継承語を話さない(実際の熟達度に男女差はない)。女性は継承語を話す機会があれば出来る限り利用する。ギリシャ人二世は男女共に継承語使用に積極的である。
  • イスラエルの小学校と高校での英語の授業中のヘブライ語(=母語)使用について、教員へのアンケート研究。小学校、高校共に大半の教員はヘブライ語使用に利点があると考えており、小学校教員は高校教員よりもヘブライ語使用率が高い。時制など、英語とヘブライ語の言語差が大きい箇所の説明と語彙指導時にヘブライ語を用いることが多い。
  • 大学を多言語空間にするために、英国外では英語で授業を行う大学や学部がある。しかし英語圏の大学では用いられる言語は当然英語であると考えられているため、「English-medium」という表現が使用されることはない。そこが多言語空間であるとの認識を促進するためには、英語以外の母語を持つ学生が母語と自国文化を大切にするように仕向けるべきなのかもしれない。
  • 英語圏への日本人帰国子女を対象とした言語依存研究。ライティングの課題で、書く内容が言語に依存する場合がある。例えば日本の学校について書くなら日本語で書いた方が英語で書くよりも分量的に多く書け、逆も然りである。



全体として、ケーススタディーが多い印象を持ちました。これは被験者が集まりづらく、量的研究に持って行きづらいからでしょうか。だとするとマルチリンガルこそが人類の基本形であるとの認識と相性が悪い気もしますが、大半の研究者が英語や日本語などの大言語をL1に持っており、その周囲でマルチリンガリズムの事象を研究するからということでしょうか。あるいはマルチリンガリズムの研究はまだ緒についたばかりで、量的研究ができるほど変数が明らかになっていないのかもしれません。


分野としては、昔はモノリンガルとバイリンガルの比較研究が中心だったのが、最近は様々なタイプのマルチリンガルの比較研究に研究の中心が移っているそうです。個人的にはL3くらいまではイメージできても、なかなかL5、L6となるとイメージできません(ポスターセッションで7言語以上の使用者(polyglot)を対象としたストラテジー研究の発表をされている方がいらっしゃいましたが・・・)。


またこの分野だとやはりCookのmulticompetenceという語をよく聞きます。transfer研究でも時折出てくるので、近い内にmulticompetenceの論文を読んでみようと思います。


ところで、multilingualismは多言語社会を指し、plurilingualismが個人の多言語使用を指すというのが一般的な理解かと思いますが、学問分野名としてのマルチリンガリズムはmultilingualismとplurilingualismの両方を含んでいます。これはplurilingualismという語が生まれる前にマルチリンガリズムの分野が生まれたからでしょうか。今後もし更にplurilingualismという語が広まれば、誤解を生む名称となってしまいそうですね。


あとはあまり学術的ではない話題を徒然と書きます。

  • 本ラウンドテーブルでは大半の発表者もスーツではありませんでした。これは学会とラウンドテーブルの差なのでしょうか。あまり関係なさそうですが。
  • また女性率が異常に高いことも特徴の一つでしょうか。発表者、参加者共に8割方女性でした。言語系、教育系に女性が多いのは周知の事実ですが、これ程までに女性率の高いイベントは初めてでした。
  • 今回初めてバスでロンドンに行ったのですが、電車だと£19かかるところを£4で行くことができました。時間は電車だと1時間のところを2時間半ほどかかりますが、バスの中で読書したりできますし、これだけ値段に差があると今後もバスで行こうかと思います。