DTAL(旧RCEAL)留学記録

2010年1月から2014年半ばまで在学していたケンブリッジ大学理論・応用言語学科でPhDを取得するまでの記録です。

今期の授業を振り返る

今期出席した授業を簡単に振り返ってみようと思います。


1. Topics in language acquisition: Tense and time reference

この授業では時制と相のL1獲得・L2習得が扱われ、毎回(と言っても最初と最後を除くと5回ほどですが)授業出席者の誰かがそのトピックに関する論文や自身の研究を紹介して、皆でそれに関するディスカッション、という流れになります。


時制・相の習得は言語間の差異、文脈上の冗長性など様々な要因が絡んでいてなかなか面白いです。やはりこのトピックだと中心はアスペクト仮説で、色々な言語(特に一部時制を形態素ではなく語で表す言語など)に当てはまるのか、というのがよくディスカッションのネタとして挙がっていました。またアスペクト仮説の背景理論はこれまで私はSlobinのOne-to-one Principleくらいしか知らなかったのですが、Redundant Marking Hypothesisなど色々とあるようですね。まだこのHypothesisもよく理解していませんが・・。


さて、アスペクト仮説は普遍的に当てはまるのか否かですが、難しいのは何をどこまで証明すれば普遍的であると主張できるのかが明確でない点です。一人の例外もなく時制・相の習得順序を100%予測できていなければならないのか、「強い傾向」くらいで良いのか、また世界に数千ある言語のうち幾つに当てはまることを証明できれば普遍性を主張できるのか、という辺りです。答はありませんが、言語を超えて普遍性を主張することについて考える機会になりました。


来期は習得の授業はないようなので、しばらく言語習得を中心に据えた授業を受けることはなさそうです。


2. Language Learning and Cognition

リーディンググループなので、課題論文に関するディスカッションが授業の中心になります。毎回ワインを飲みながらの授業でした。以下の五本の論文を読みました。


Conway et al. (2009). Implicit statistical learning in language processing: Word predictability is the key.
Conway and Pisoni (2008). Neurocognitive basis of implicit learning of sequential structure and its relation to language processing.
Endress et al. (2007). Perceptual constraints and the learnability of simple grammars.
Endress et al. (2009). Perceptual and memory constraints on language acquisition.
Endress and Hauser. (2009). Syntax-induced pattern deafness.


前半は暗示的学習(と一部脳科学)について、後半はperceptualなinnatenessについてです。個人的には特に後者が面白く、これまでinnate=UGという偏った見方をしていましたが、例えばusage-based理論ではstatistical learningの能力は生得的だとされているわけで、UGのように自然言語の文法が取り得るスペースに生得的な制約を受けているとまではいかなくても、言語習得を促進する何らかの認知的メカニズムは生得的である気がします。


1. 心臓が血液を体中に送る (Gregg, 2003で挙げられている例)
2. 繰り返しのパターン(e.g., ABA vs ABC)やedgeは記憶しやすい (Endress et al., 2007; Endress et al., 2009)
3. 日本語のようなnull argument言語(代名詞を明示的に示さなくても良い言語)では、明示的に示された代名詞は「皆」や「誰」のような数量表現を先行詞として持つことができない(e.g., 「皆が彼が勝つと思った」で「皆」と「彼」は同一人物であり得ない。英語のEveryone thought he would winであれば「everyone」と「he」は同一人物であり得る)(White, 2003)


のどこまでが生得的に有している能力なのでしょうか。1は明らかにそうです。個人的には2の付近の気がします。生成文法論者は3と主張します。この辺りの議論は読んでいて面白いですし、今後も追いかけて行ければと思います。


両方の授業に言えることですが、もう少し議論に参加したかったです。最初のTermで周りの学生がどういう人達かもわからなかったのでやむを得ない部分もあったのですが、授業は基本的にディスカッションベースで進んで行くので、積極的に関与しないと得られるものが少なくなりそうです。「質はともかく喋る」。これを次のTermの目標に据えようと思います。